大判例

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大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)27号 判決 1970年9月29日

原告

堀見哲郎

ほか一名

被告

酒谷善秀

主文

被告は、原告堀見哲郎に対し金四四〇万九、四七二円と内金四〇〇万九、四七二円に対する昭和四三年一〇月一〇日から右完済まで、原告堀見喜美に対し金一一万四、七八六円と、これに対する昭和四三年一〇月一〇日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うこと。

原告堀見哲郎のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とする。

この判決の一項は仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

(原告ら)

被告は、原告堀見哲郎に対し金五九〇万八、二四一円と内金五二七万八、二四一円に対する昭和四三年一〇月一〇日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告堀見喜美に対し金一一万四、七八六円とこれに対する同日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払うこと。

訴訟費用は被告の負担とする

との判決ならびに仮執行の宣言。

(被告)

原告らの請求を棄却する

訴訟費用は原告らの負担とする

との判決。

第二、原告らの請求原因

一、傷害交通事故の発生

とき 昭和四一年一月一三日午前一一時二八分ごろ

ところ 堺市中長尾町三丁目九五番地先信号機のある交差点

事故車 大型貨物自動車

右運転者 訴外松井政幸(進行方向東から西)

被害者 原告堀見哲郎(当時五〇歳、原動機付自転車運転中、進行方向南から東へ右折すべく東進中)

態様 接触はね飛ばし。

右内容 原告哲郎が、南北路を北進し、右交差点で右折すべく、信号の表示に従つて交差点内に進入し東へ方向を変えたころ、事故車が該交差点東詰の停止線附近で信号待ちのため停止していた数台の自動車の右側(北側)を、中心線を越えて進行し、右停止線附近で同原告運転の原動機付自転車の右前部および同原告の右足に衝突し、その場に同原告がはね飛ばされた。

受傷内容 同原告は、右事故により、外傷性ショック、前頭部開放性骨折、右大腿骨骨折、右下腿骨開放性骨折、顔面挫創の傷害を受け、左のとおり入通院の治療を受けたが、現在、右下肢各関節の機能障害の後遺症(障害等級五級五号)をとどめ、歩行困難な状態にある。

入院 昭和四一年一月一三日~昭和四三年五月五日

通院 昭和四三年五月六日~同年一〇月八日

治療 昭和四三年一〇月八日(但し前記後遺症を残す)

二、帰責事由

被告は事故車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、原告らのこうむつた後記損害を賠償すべき義務がある。

仮りに、右主張が認められないとしても、被告は訴外松井政幸を雇用し、同人において被告のための業務に従事中、車両運転者としての前方注視義務ならびに区分帯遵守の義務を怠つた過失により、本件事故を惹起したものであるから、民法七一五条により、原告らのこうむつた後記損害を賠償すべき義務がある。

三、損害

(原告哲郎)

1 得べかりし利益の損失 四〇〇万〇、二六二円

右算定の根拠として特記すべきものは左のとおり

職業 牛乳配達夫

月収 三万五、〇〇〇円

期間 昭和四一年一月一三日から昭和四三年一〇月八日まで全損

昭和四三年一〇月九日から一一年間(就労可能年数)前記後遺症により七九パーセント減収

2 入院雑費 二五万三、二〇〇円

前記入院期間(八四四日)中、一日三〇〇円の割合による雑費を要した。

3 慰藉料 二〇〇万円

右算出の根拠として特記すべきものは左のとおり

同原告は、前記のとおり極めて長期間の療養生活を余儀なくされ、しかもその間四回にわたり手術を受け、肉体的、精神的に甚大な苦痛をこうむつた。又、前記後遺症は生涯治癒の見込もなく従前の職に復することもできず、その年令からも、他に就職することも望めず、今後の生活の見とおしさえ立つていない有様である。

4 弁護士費用 六三万円

着手金 三万円

報酬 六〇万円

(原告喜美)

得べかりし利益の損失 一一万四、七八六円

右算定の根拠は左のとおり

同原告は、本件事故当時住友生命保険相互会社の外交員として稼働し、一日平均七八六円の収入を得ていたが、夫である原告哲郎の入院中二六四日間は付添看護のためこれを、勤し、そのうち、右会社から九万二、七一八円の支給を受けたので、右欠勤なかりせば得たであろう収入合計二〇万七、五〇四円との差額たる右金額を失つた。

四、損害のてん補

原告哲郎は、労災保険から休業補償として八五万一、八二一円の支払いを受けたので、これを前記逸失利益に充当し、訴外高井雅由から一二万三、四〇〇円の支払を受けたのでこれを右入院雑費に充当する。

五、本訴請求

よつて、原告哲郎は右損害残額金五九〇万八、二四一円、原告喜美は右損害金一一万四、七八六円と、本件事故の日の後である昭和四三年一〇月一〇日から請求の趣旨記載のとおりの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを被告に対して請求する。

第二、被告の答弁

一、請求原因一(傷害交通事故の発生)の事実は不知。

二、同二(帰責事由)の事実は否認する。

三、同三(損害)の事実は不知。

四、本件事故車の所有者は訴外高井雅由であり、同人が昭和四〇年これを訴外奈良近畿日産自動車株式会社から月賦購入するに当り、同人において右分割弁済期日を支払日とする約束手形を同会社宛に振出すべきところ、同人に取引のある銀行がなかつたため、同会社係員および右高井において、被告名義の手形の振出を懇請して来たので、被告がこれに応じ、形式上の買主を被告とする契約書を作成し河内銀行柏原支店を支払場所とする約束手形二四通を右高井に交付し、同人において、支払日毎に支払金額を遅滞なく被告のもとへ持参し、とどこおりなくその決済を終えているものである。事故車は右成約と同時に右高井において前記自動車会社からその引渡を受け、被告においては、これを使用したこともなく、もとより支配関係を有したこともない。

第三、証拠関係〔略〕

理由

一、傷害交通事故の発生

〔証拠略〕を総合すると、請求原因一記載のとおりの傷害交通事故が発生したことを認めることができ、他にこれを左右するに足る証拠はない。

二、帰責事由

被告は、事故車の保有関係を争うけれども、〔証拠略〕を総合すると、左の事実が認められる。

即ち、「事故車は、昭和四〇年三月ごろ訴外高井雅由が奈良近畿日産株式会社から買受けるに当り、同社と取引関係があり且つ同人の知合いでもある被告の名義を借用し、買受人を被告とする割賦販売契約書を作成し、合計約三〇〇万円に達する二四通の約束手形(代金相当額)を被告において右会社に対し振出したこと、右成約と同時に、右高井において事故車の引渡を受け、その車体検査証の使用者欄には『酒谷善秀、大阪府柏原市大字柏原七八九』と記載され、同車の車体両側部にも運搬業を営む被告を現わすものとして『酒谷興業』と大書され、被告においてこれを諒承していたこと、右高井は本件事故車を入手してからは、自らこれを運転して砂利運搬の仕事をなしていたが、昭和四〇年一一月ごろから、訴外松井政幸が専らその運転に従事していたこと、本件事故後右松井が大阪府堺北警察署へ連行された後、被告において同人の使用人として同署へ身柄引受書を差し出し『責任をもつて監督し、本人に呼出のあるときには必ず出頭させる』ことを誓約して同人を連れ帰つていること、原告入院中は前記訴外高井、松井それに被告本人が何回か見舞に赴き、右高井において松井の雇主として責任があるとし合計約一二万円の金員を原告哲郎の妻堀見喜美に手交していること」の諸事実であり、他にこれを左右するに足る証拠はない。

右事実からすると、事故車の実質上の所有者は訴外高井雅由であつたものと認められるところ、被告は、その買受けに際し、自己の名義を貸与しているもので、しかもこれに伴い右代金相当額の約束手形を振出しており、若し、右高井において割賦代金の調達を果し得ない事態でも生ずれば、忽ち被告自身においてその責を負わざるを得ない状態に陥ること必定であつて、これを慮ればこそ道路運送法施行規則六七条の「車両の使用者の名称及び住所を車体に表示すべき」旨の規定により、前認定のとおり、表示をなし、これを被告自身容認し、前記松井が事故直後警察官の取調べの際「昭和四〇年一一月初めごろ大阪府柏原市字柏原七八九番地酒谷興業株式会社にダンプカーの運転手として入り現在に至つております」と述べていること(甲第八号証)からも事故車の運搬作業による収益から、先ず、右手形金額(割賦代金)を被告において徴収する方法を講じていたものと推認することができる。されば、被告は、事故車の運行による利益とその支配を自己に帰属せしめていたもの、つまり自賠法三条の責任主体たる地位を有していたものといわざるを得ない。

三、損害

(原告哲郎)

1  得べかりし利益の損失 四〇〇万〇、二六二円

右算定の根拠として特記すべきものは左のとおり

年令 事故当時五〇歳

職業 牛乳配達夫

月収 三万五、〇〇〇円

休業による減収 昭和四一年一月一三日から昭和四三年一〇月八日まで全損

後遺症による減収 昭和四三年一〇月九日から昭和五三年一〇月八日まで七九パーセント減収(就労可能年数一一年、係数八・五九)

算式 35,000×32.86+35,000×12×0.79×8.59=4,000,262(円)(〔証拠略〕)

2  入院雑費 一八万六、八〇〇円

右算定の根拠は左のとおり

前認定の入院期間八四四日のうち、初めの一八〇日間につき一日三〇〇円の割合、残りの六六四日間につき一日二〇〇円の割合による入院諸雑費を要したものと認めるのが吾人の経験則に合する。

3  慰藉料 一九〇万円

右算定の根拠は左のとおり

<1> 前認定の本件事故の態様、傷害の部位、程度、治療経過

(数回にわたる手術)。

<2> 前認定の後遺症のほか左半身のしびれ感があり、日常生活にも多大な苦痛と不便を感じていること。

<3> 妻が働きに出て家族の生活費を得ていること。

(〔証拠略))

4  弁護士費用 四〇万円

原告哲郎が本訴提起を原告代理人へ訴訟委任したことは記録上明らかであり、これがため、弁護士費用の負担を余儀なくされていることも〔証拠略〕により容易に認められるところ、そのうち、本件事故と相当因果関係のある損害として、被告に負担せしむべきものは右金額が妥当であると認める。

(原告喜美)

得べかりし利益の損失 一一万四、七八六円

右算定の根拠は、同原告主張にかかる事実のとおりである。

(〔証拠略〕)

四、損害のてん補

原告哲郎自陳の労災保険、および訴外高井からのてん補額を右同原告の損害額から控除する。その残額は五五一万一、八四一円となる。

五、過失相殺

〔証拠略〕によれば、本件事故は事故車の直面する信号が赤であり、しかもその信号に従つて停車している車両があるのに拘らず、その右側を中心線を越えて交差点に進入しようとした事故車の重大な過失に因るものであること明らかである。原告哲郎は降雨のため雨具を着用して前かがみで前記原動機付自転車を運転していたもので、同交差点に進入したころは既に北行信号機が黄色の点灯に変つていたのであるから、見透しの利く右方道路からの進入車の気配等に用心深く配慮し、慎重な運転をなすべきであつたところ、この点充全でなくそれが事故の一因をなしたことも否定し難い。それ故、右損害の二〇パーセントを過失相殺により減額する。よつて実損害額は四四〇万九、四七二円となる。

六、結論

よつて、被告は、原告哲郎に対し右損害額たる金四四〇万九、四七二円と内金四〇〇万九、四七二円(弁護士費用を除く部分)に対する本件事故の日の後である昭和四三年一〇月一〇日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告喜美に対し金一一万四、七八六円とこれに対する右同日から完済まで同様年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。従つて、原告哲郎の本訴請求は右の限度で理由があり、原告喜美の本訴請求は全部理由があるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村行雄)

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